西日本終末旅行記④山口編1
さて、一行は島根県の海沿いをゆっくりと進み、山口県へと向かいます。
行く先にはどんな町が、どんな海が、どんな石ころが待っているのでしょうか……
それでは本編スタート!
3月9日
ゆうひパーク三隅で目覚めると澄み渡った晴天で、春の訪れを感じる柔らかい風が吹いていた。最高の目覚めである。のそのそと起き上がり外に出ると、水平線が見えた。あまりにも気持ちの良い長めなので、近くで見たくて少し坂を下ってみる。すると、海沿いに一本の線路が見えた。safariで検索してみると、どうやら折居駅と三保三隅駅を繋ぐ線路で、もうすぐ電車が来るようだ。
しばし海を眺めてぼーっとしていると、ガタンゴトンガタンゴトン……と控えめな音が聞こえてくる。左手に目を凝らすと、山をくりぬいたトンネルから一両編成の電車が見えてくるではないか。日本海を背景に走る一両の電車、レアすぎて鉄オタでもないのにはしゃいでしまって、たくさん写真を撮った。いつか乗ってみたい電車の一つだ。
写真を撮り終わると、道の駅がちょうど開いたので朝ごはんを食べることにした。
せっかくなのでご当地のものをと思い、魚のすり身に赤唐辛子を練り込んだ「赤天」入りのちゃんぽんを食べた。
思いのほかしっかりと辛くて、海風に吹かれた身体が温まった。
道の駅の看板猫であるぶーちゃんとしばし戯れて、その場を後にした。
道中、持石海岸という浜が見え、いかにも石ころが転がっていそうだと思い下車して石を拾いに行った。大きめで丸い石がごろごろと落ちていて、先輩は嬉しそうに浜の上に寝そべって私に笑顔を向けた。写真は載せられないが、一番いい笑顔をした写真が撮れた。
長いこと車で海沿いをひた走ると、ようやく山口にたどり着いた。センザキッチンという食品やレストランが充実している道の駅に降り立ち、私は肉うどんを、先輩はから揚げ定食を食べた。今思うとなぜ海沿いの道の駅で魚介を食べなかったのか、不思議である。
以前お世話になった周防大島で養蜂業を営む方に島の様子を聞くべく電話をかけたところ、やはりコロナで島全体が落ち着かない雰囲気に包まれていると話してくれた。温泉施設も閉まっていると聞き、ほとんど車中泊の私たちには厳しい状況のようであったので、山口の温泉街に行ってみることにした。
温泉街に到着すると、親子連れの鹿にお出迎えされた。リアルサファリパークである。そっと車を移動して降り立つと、何ともいえない古臭い匂い、そして温泉街特有の懐かしいようなあの匂いが混じってノスタルジーでむせ返った。
『つげ義春の温泉』にでてきそうな、なんとも鄙びた最高な温泉街である。つげ義春愛読者である先輩と二人、いまだかつてない程のハイテンションで街を巡った。どこでシャッターを切ってもレトロ全開である。
歩き回って気も済んだところで、日帰り入浴施設「町の湯」の暖簾をくぐり、ひとっ風呂浴びた。
風呂に入ったら、なんだかこの地から離れがたくなってしまった。すると先輩が「一泊したくない?」と言ってくれたので、宿を探すことにした。町の湯の番頭さんに宿泊地の相談をすると快く観光案内所に取り次いでくれ、今晩の宿が決まった。町の湯の番頭さんや観光案内所の方、そして当日の午後にも関わらず、どこの誰かもわからない小娘二人を泊めてくれた明治屋さんには千万無量の感謝である。
「明治屋」さんは歴史ある湯治場に相応しい赴きある宿で、一歩足を踏み入れた瞬間から大好きになってしまった。ふかふかの布団を敷いて、お茶で一服したあと、夜ご飯を食べに出かけた。
温泉街にある数少ない飲食店「そば居酒屋たべ山」でシカ肉のステーキ丼を食べた。鹿の親子にさっき会ったばかりだが、私は食べたいものを食べることにした。先輩はそばを食べながらビールをうまそうに呑んでいた。
二つ隣の席に酒屋の社長さんがいて、話が盛り上が何杯も日本酒をご馳走してくれた。
また町の湯に入り、いい気持ちで小雨の降る俵山温泉の町を歩く。この瞬間が永遠だったらいいのにな、と本気で思った。
次回は山口編2です。
西日本終末旅行記③島根編2
続編を書くのにずいぶん日が経ってしまった。その間に私の社会人生活は半年を過ぎたが、いまだに学生気分が抜けないでいる。
ちなみに今、このブログを書いているのは勤務時間中である。
3月8日
奥出雲多根自然博物館で朝食をとる。美味しいお米が自慢のようだが、私は朝に米を食うとのどに詰まりそうになる体質なので、おとなしく洋食の朝ごはんをセレクト。
松江市内へ向かう。私がかつて訪れた中で一番好きなお寺である「月照寺」へと向かう。初めて訪れた時も雨が降っていて、湿った土の匂いが私の肺をいっぱいに満たした記憶があるが、この時もまた雨がぽつりぽつりと降っており、静謐な空間にどこかもの悲しいような風情を漂わせていた。
境内には小泉八雲の怪談に登場する大亀の石像がある。見上げるほどの大きな石像で、手足の爪がやたらに鋭い。こんな亀が夜な夜な暴れていたとすれば、恐ろしいことこの上ないだろう。
月照寺の茶室で抹茶を頂き、しばしまったりした後、お寺の方に教えていただいた「蒸し寿司」なるものを食べるべく「浪花寿司」へ向かった。
関東では見たことも聞いたこともない蒸し寿司だが、関西ではよく寒い季節に食べられる料理のようだ。
あたたか~いふかふかの酢飯と具材をいっぺんに口の中に運び込むと、マイルドな酸味と甘く味付けしたそぼろのうまみが合わさり幸福感が爆発した。寒い時期に冷たい寿司は食べたくない派なので、そんな私にはもってこいの料理だった。
松江の街並みをしばらく散策した後、これまた月照寺の方に教えていただいた「湯町窯」へ赴いた。エッグベーカーなる目玉焼きを作れる器があるというので、気になって見に行くことにした。
私も先輩も、結局気に入った器の方に手が伸びてしまいエッグベーカーは購入に至らなかったが、次回訪れた際は必ず買いたい。朝からころんとしたかわいいフォルムのエッグベーカーで目玉焼きを食べる生活、最高だろうな。
夜は「ラムネ銀泉」という炭酸泉の温泉へ向かった。大分の竹田市へ行った際にも炭酸泉に入ったことがあるが、とにかく体が温まり、保温の持続力が高いのが特徴だ。
温泉で疲れをいやした後、今夜の停車地「ゆうひパーク三隅」へ向かった。
先輩はずいぶん疲れていたらしく、道の駅に着くなり眠ってしまった。 お疲れ様でした。
西日本終末旅行記④山口編1に続く。
西日本終末旅行記② 島根編1
3月6日
島根へ来た目的は泊まれる博物館として一時期話題になった「奥出雲多根自然博物館」に泊まることである。道すがらのご飯どころで夕飯を済ませ、また山道を走り18時ごろにたどり着くことができた。急いで近くの浴場に向かい、お風呂に入って瓶の牛乳を飲んだあと、宿泊者限定のナイトミュージアムのクイズラリーに参加した。
だいぶ長くなってしまった。続きは西日本終末旅行記③島根編2で記すことにする。
西日本終末旅行記① 尾道編
このブログは2020年3月5日〜3月12日の間、女ふたりで西日本をふらふらと旅した記録である。
まず、ざっくりと登場人物を紹介しておく。
・筆者(私)
当時大学四年生、最後の春休みを利用し旅に出る。神奈川県在住。かつて狂言研究会に在籍していた。紛れもなくオタク。
・先輩
三つ上の先輩。岐阜県在住。狂言研究会で知り合う。石ころを拾うことが好き。紛れもなくオタク。
2月6日、季節外れの「あけましておめでとうございます」という私のLINEから話が弾んで、ふたりで旅行をすることになった。先輩が車を出してくれることになり、車中泊を主に西日本の行きたいところを回ることにした。
当時は現在ほどコロナウイルスによる厳戒態勢が敷かれておらず、ただぼんやりとした不安に日本が包まれている状況であった。
3月5日
14:40に名古屋へ着く高速バスに乗りこみ、喫茶店で先輩と落ち合い尾道を目指す。飲み物を頼めばお菓子がついてくる名古屋の喫茶店に「らしさ」を感じた。
車に乗り込むとなぜかピコピコハンマーがお出迎え。「これなんですか?」と聞くと「私が眠そうにしてたらそれで叩いて」と言われた。和室でミラーボールを回しながら餃子を食べるような先輩なので、特に驚きはしなかった。むしろ久々にこの人の周りの「現実世界からの歪み」のようなものに触れられて嬉しくなった。はじめに尾道を目指した理由は、単純にふたりともその地が好きだからである。ネコにまみれたノスタルジックな町、尾道。私がもし「Angel Beats!」の作者なら、尾道を舞台に物語を作るだろう。とにかくたまらなく好きなのである。
途中の道は雨が降ったり雪が降ったり、かと思えば晴れて、またみぞれが降り……という摩訶不思議な天気であった。私は自称晴れ女であり、先輩は自称雨女である。「陰と陽の力がせめぎ合ってる」と先輩は笑った。それを聞いて私もおかしくなり笑ってしまった。悪天候の中なんとか尾道にたどり着き、まず夕飯を食べることになった。尾道は港が近いからなのか店じまいの早い町で、20時も過ぎると選択肢は限られてくる。相談した結果一楽に入ることにした。
中華食堂 一楽 (イチラク) - 尾道/中華料理 [食べログ]
一楽は町の中華屋さんだ。私はここのうめだいこんラーメンが大好きで、訪れるたびに食べている。先輩も好物の餃子を美味しそうに食べていた。ちなみにここはちまきが有名な店でもある。ゲストハウスなどに泊まった際は、朝ごはん用に買って帰るのがおすすめだ。もう一つ尾道で外せないのはロダンである。ロダンは店内が貝殻だらけのBARだ。BARというより、「貝の博物館」と言った方がよりイメージに近いだろう。
私はどうも大人の社交場のような場所が苦手で、日頃は下戸なことも相まってBARなどには寄り付かないのだが、ロダンはもともと喫茶店だったことと、店主さんとその奥さんの人柄のおかげで心地の良い時間を過ごせる。「度数が低くて炭酸じゃないやつで、何かオススメありますか?」と聞くと、ブルドッグかソルティドッグと言われ、以前も呑んだソルティドッグを選んだ。グレープフルーツの酸味と塩辛さが体に染みる。楽しく話しているうちに、一杯も呑みきらないうちからベロベロに酔っ払ってしまった。先輩はその間に三杯は呑んでいたと思う。下戸に生まれた身体が憎々しい。夜も深まり、今夜はもう寝てしまって朝風呂に入るか、ということになり、車内を整えて眠りについた。私は何度も旅に出てはいるが、運転ができないため車で旅行したことがなく、車中泊も初めてでなかなか寝付けなかった。今思うと、慣れないことが原因でもあるが、はしゃいで眠れなかったのだろう。
3月6日
みなと館で朝風呂に入り、千光寺のロープウェイ乗り場のそばにある「こもん」でモーニングワッフルを食べた。朝からワッフルを食べられるという幸福に心が躍った。
茶房こもん (さぼうこもん) - 尾道/喫茶店 [食べログ]
ワッフルを食べたあとは、千光寺周辺の猫を触りにいった。先輩はしょっちゅう尾道まで出かけ、猫を吸っているため顔見知りの猫を見つけては話しかけ、撫で回していた。私は猫カフェの猫にする見向きもされないような人間なのだが、今回は珍しく焦げ茶色の長毛種の猫が寄ってきてくれて嬉しかった。嬉しさのあまり添い寝して、共に火の光を浴びることに時間を費やした。そのあとは近くにあるネコノテパン工房へ行ってパンを買ったり、ガウディハウスの近くまで歩いたりして過ごし、昼食を機に市街の方へ移動した。私は無類の麺類好きで、尾道へ来たからには尾道ラーメンが食べたいと思い、先輩おすすめの喰海へ行った。海辺の景色を眺めながら食べるラーメンはうまかった。
その後は本屋「紙片」や文具と喫茶の店「綴る」へ立ち寄り、己の物欲と食欲を満たして、名残惜しくも尾道を出発し、島根へ向かった。
西日本終末旅行記②島根編へ続く。
春の陽気を背に受けて—長崎
気づけばあっという間に試験も終わり、春休みが来た。
大学三年生の春休みに待ち構えているもの、それは就活である。朝井リョウの『何者』にはその恐ろしさが存分に描かれているというが、怖すぎて私はまだ読んでいない。
UIJターンのイベントで長崎の企業に勤める方と少しだけ親しくなり、企業訪問をさせていただく運びとなった。しかし、訪問する一日のほんの数時間のために飛行機に乗るのもアホらしい。そんな訳で、ついでに旅行もすることにした。
3月13日~16日 長崎
一日目
移動手段はスカイマークを使った。単純にそれが一番安かったからだ。以前新幹線と特急列車を使って長崎に行った際、あまりにも長い移動時間にめまいを覚えたため、以降九州には絶対に飛行機で行くことにしている。
今回は羽田から神戸で一度降りて、乗り継ぎして長崎に着くフライトだった。当日までそのことを知らず心の準備もないままに、離陸と着陸を2セット体験するあまり心臓によくない時間を過ごした。
企業が波佐見町にあったため、長崎空港到着後休む間もなくバスを乗り継ぎ、ようやく企業へたどり着き一息ついた。手土産のハーバーを渡すと、等価交換にかんころ餅というサツマイモでできた餅を貰った。
会社でしばらく過ごしたのち、皆で焼き肉を食べ、インターン生の泊まる社宅のようなものに案内してもらった。
インターン生の三人とは同年代であったことからすっかり仲良くなって、出会った当日に銭湯に行き裸の付き合いまでしてしまった。本当は恋バナでもしようかと思っていたのに、焼き肉を食い疲れて早々に寝た。
二日目
波佐見町といったら波佐見焼で有名な街である。陶磁器が好きで中学生の頃に陶芸を習っていた私は、ここぞとばかりに目を輝かせ、レンタルサイクルを漕ぎながら田んぼと山と川しか見えない田舎道を爆走することになった。
波佐見焼の窯元は中尾山という場所に集まっているため、やきもの公園にある陶芸の館でレンタルサイクルを借りた。四時間以内なら500円で借りることができる。
一切人にすれ違うことなくチャリで爆走して20分程度だっただろうか、ようやく最初の窯元が見えてきた。「工房あかり」だ。
ここの陶磁器は絵本のような柔らかくカラフルなタッチの絵付けが多く、日々眺めるだけで豊かな気持ちになれそうだ。数分悩んだ末夜空と草木が描かれた陶器製のバターナイフを購入した。
チャリで坂道を上りつつ、事前に手に入れていたパンフレットで気になった窯元を訪ねまわった。
大新窯は歴史の長い大きな窯元だ。工房の上には全長170メートルにもなる「大新登窯跡」があり、気軽に見学することが出来る。
たまたま入り口前にいた同い年くらいの方が大変親切にしてくれて、窯跡の案内だけでなく工房の写真まで撮らせてくれた。
悩みに悩んだ末、小さな急須と小鉢をお迎えした。大量の陶磁器に圧倒されながらも、次の窯元へ向かう。
陶房青、光春窯、一真陶苑……他にもたくさんの窯元を訪ね、「陶器疲れ」を感じるほど陶磁器を眺め、手に取り、ようやく満足して中尾山の最終地点である交流館へ。そこでも茶碗を買い、荷物が陶器でいっぱいになったところで下山した。
すぐ近くに西の原という最近話題のお洒落スポットがあるよ!ということを聞いていたので、そこで遅めの昼食をとることにした。
古い民家を改築した店舗だそうで、古いものと新しいものの混在が落ち着く空間を演出していた。キッシュやキャロットラペの前菜の後に、メインの登場。インスタ映えするタイプのそぼろご飯である。店員さんたちが気さくで、食べながら有田温泉の話などをして過ごした。
そのあとも西の原エリアで雑貨を見たりぼーっとしたりして過ごし、陶芸の館までチャリを返しに向かった。
インターン生に長崎市内行のバス停まで送ってもらい、波佐見町と別れの挨拶をした。市内に着くと、その子に教えてもらった路面バスの24時間乗車券を購入し本日の宿、「カサブランカ」へ向かった。
このゲストハウスは今まで泊まった中で一番人との交流を強制されなかった。私は旅先のゲストハウスで知らない人と一晩話すのも好きだけれど、そういったことが苦手な人、誰とも話さずゆっくりしたい人にはおすすめだ。もちろん積極的に宿泊者とコミュニケーションを取ろうと思えば、それも可能である。
新地中華街駅すぐ近くで利便性もよく、なんとなくで宿を選んだわりには良い選択をしたと思う。
事前に調べていた「日栄湯」が臨時休業のうえしばらく開かないようだったので、旅行の醍醐味の一つである銭湯めぐりは、もともと市内に銭湯が少ないこともあり断念せざるを得なかった。
夕飯は企業の方におすすめされた「老李新地中華街店」で、チャーハンとラーメンのセットを食べると気力が湧いてきたため、もうすっかり日も暮れていたが夜景で有名な稲佐山を目指すことにした。
近くのホテルから出ていたバスツアーに参加し、満員のロープウェイに乗り込み山の頂上を目指した。
「世界三大夜景」に選ばれるだけある素晴らしい眺めだったが、いかんせん寒すぎで数分眺めて写真を撮った後は、建物の中へ引っ込んでしまった。
三日目
この日は事前に予約していた軍艦島のクルーズツアーに参加するため、朝から路電に乗って大浦海岸通りへ向かった。
ここ最近の中では一番いい航海状況だったようで、特に揺れず酔うこともなく軍艦島まで近づいた。もともとは端島という名前の島だったが、その外観が戦艦土佐に似ているとして報じたことから軍艦島と呼ばれるようになったとか。(うろ覚えだから間違っているかも)
コンクリートの建物群が黒ずんでいて細長くて、大きさ的にも思った以上に軍艦に見えた。
軍艦島に上陸できる時間は各クルーズ会社により決められているため、それほど長居はできないがじゅうぶんに満喫することが出来た。
その後は、ベタな観光名所を巡ることにしていた。
グラバーさんのお家がある「グラバー園」だが、残念ながらこの時は改修工事中の為肝心の邸宅は入ることが出来なかった。しかし、この日はいい陽気で気持ちよく散歩するには眺め、ロケーション共に最適だった。
そのまま「大浦天主堂」まで歩き、入場料を払って教会の中へ。
真昼の陽光に照らされて輝くステンドグラスの美しさは、目を見張るものがあった。
続いて少し移動して、眼鏡橋へ。これまた企業の方におすすめしていただいた「ひとやすみ書店」さんへ行くことにした。
旅先で出会う小さな書店は、いつもの書店の何倍も心躍るものである。この書店はほんとうに小さなスペースに、書店員さんたちが良いと思った本だけを置くという方式のため、人の家の本棚を眺めるようで楽しかった。私の愛読する長野まゆみや小川洋子の本が置いてあると、少し嬉しくなった。
『はじめての短歌』と『使いみちのない風景』を購入し、そのまま店内の喫茶スペースでホットアップルジンジャ―を飲みながら読みかけの『琥珀のまたたき』を最後まで読んで店を後にした。近所にあれば週に一度のペースで通いたくなるような本屋だった。
まだ18時台だったが、雷が鳴り始めたため夕食を取ることにした。夕食はこれまたおすすめしてもらった「文冶郎」に行った。
ここのとんかつが衝撃を受けるほどおいしくて、またすぐにでも食べたい気持ちでいっぱいである。まず肉が厚い、しかし柔らかくそれでいて歯ごたえは死んでいない。衣はサクサクとしており、油は新鮮でくどくない。
そしてこの店の驚く点は、とんかつ以外のものもめちゃくちゃおいしいということだ。付け合わせのキャベツは、ドレッシングがごまと塩の二種類用意されており、ちゃんと食べることを想定されている。そして甘みがありふわふわとしている。米もつやつやとしておりもちろんうまい。食欲が止まらずキャベツとみそ汁をお代わりした。
食事中には土砂降りの雨となっていたが、会計をする頃にはそれも収まり、ちょっとついてるなぁと思いながら帰路に就いた。今思うに諏訪神社へ参拝したおかげだったのかもしれない。
四日目
旅先の喫茶店でモーニングをすることをひそかに夢見ていた私だが、とうとうその夢をかなえることが出来た。
長崎市民なら誰でも知っている名店「富士男」のモーニングセットがこちらである。なんで喫茶店のトーストはこんなにもおいしいんだろうか。ゆで卵も紅茶も日常的に口にしているが、やっぱり喫茶店で食べるのが一番おいしい。
最終日に行くところは特に決めていなかったので、長崎駅からツアーバスが出ている三菱の「長崎造船所資料館」へ行くことにした。
ここは三菱発祥の長崎造船所に現存する最も古い工場で、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」構成施設の一つだそうだ。
平日なこともあり総勢五名での見学となった。戦艦オタクでもなんでもないが、ここで造られ、そして沈没していった戦艦の歴史には胸が熱くなった。
長崎駅へ戻ると、ひとやすみ書店の店員さんに教えていただいた「デモッソ・ノット・キーノ」へ向かうことにした。
渋いビルの一階を使ったカフェで、店内には古道具や古い家具、お茶やお菓子などがぽつぽつと置かれていた。間取りの採光がちょうどよく、ゆったりとくつろぎながら時間を過ごすことができた。
14時50分のフライトのため、昼食後はバスで長崎空港まで向かい、今回の長崎旅行は幕を閉じた。
今回訪れたのは波佐見町と長崎市内だけだったが、長崎にはほかにも五島列島や島原など、観光地はいくらでもある。温暖な気候、美味しいごはん、そして観光客と分かるや否や話しかけてくる県民の人懐っこさ、非常に魅力のある県だなと改めて感じた。
人生の休憩所―京都2
11月11日
滅多にないような心地よい眠りから目覚めて、ゲストハウスの一階へ降りる。
昨日買っておいたフレンチトーストをトースターで温め、紅茶を淹れて炬燵に足を入れる。ふと、自分の家のようにリラックスしていることに気づく。
京都旅行二日目、真っ先に目指すは貴船神社だ。
千本今出川からバスに乗って出町柳駅を目指す。慣れない土地ではバス停や駅の位置関係が分からないため、事前に京都の公共機関マップを印刷して持参していたが、非常に役に立った。
出町柳から比叡電鉄に乗り込み、貴船口で下車。貴船口から貴船神社まではバスが出ているようだったが、私は日ごろ運動不足なこともありハイキングを兼ねてゆるやかな山道を徒歩で登ることにした。
美しい参道。街中よりも紅葉が進んでいた。
山道を歩くこと20分くらいだっただろうか、ようやく貴船神社の参道が見えてきた。石段を上った先から撮った写真はいかにも京都感満載で気分が高揚した。あぁ、京都に来たんだなと改めて実感。
参拝を済ませ、有名らしい水占みくじに挑戦してみた。先日の平安神宮で久々の大吉を引けたことで調子に乗っていたせいか、あまり良い運勢ではなかったが、文字の浮き上がるさまを見るのはワクワクした。
途中で「思ひ川」を渡って奥宮へ。貴船神社は昔から縁結びの神をまつる神社として名高く、和泉式部も訪れたことがあるそうな。
それが理由かはわからないが、女性の参拝者が多いように思った。
趣味の一つである御朱印集め。柔らかい筆跡が印象的だ。
預けておいた御朱印帳を受け取り、思ったよりも時間に余裕があったため、ついでに鞍馬寺に行くことにした。
本来であれば貴船神社から鞍馬寺までは参道がつながっており歩いて行けるそうだが、この時は台風21号の影響で通行止めになっていたため、山道を下り再び比叡電鉄に乗車した。
くらまラーメン。観光地にありがちなネーミングだが、汁が甘めで好みの味だった。
鞍馬で下車し、好い頃合いだったのでそのあたりのお土産屋さん兼食堂でラーメンを食べた。特に何も期待していなかったが、全体的にあっさりした味付けながらも甘みのある汁が好みであっというまに平らげてしまった。
鞍馬山からの眺め。かなりハードで何度も休憩をはさんだ。運動不足を痛感。
牛若丸こと源義経が天狗と修業したという伝説で有名な鞍馬山。実際に上ってみると道が曲がりくねっているうえにかなり傾斜がきつく、こんなところで修業したらさぞかし強くなるだろうなぁ……なんて思いながら、やっとの思いで登り切った。こんなにきついならケーブルカーに乗ればよかったかな、と少し後悔。今ではいい思い出である。
途中の由岐神社と本殿の御朱印。神社より寺のほうが筆跡が力強いものが多い。
寺社巡りはこれくらいにして、そろそろ街中へ。SNSを通じて仲良くなった方からおススメされた恵文社を目指す。
ホームページによると、恵文社は「本にまつわるあれこれのセレクトショップ」だそう。普通の本屋で取り扱いのある雑誌や新書から、ZINE(リトルプレス)や雑貨まで、本だけにとどまらない、興味の幅を広げてくれるようなものが所狭しと並んでいた。本メインのフロアだけでなく、ギャラリーや生活雑貨のフロアもあり、ついつい長時間滞在してしまった。迷った末に文庫本一冊とCD、雑貨を購入。
私の友人たちなら絶対好きなお店だろうから、ぜひ連れていきたいと思った。
道すがら興味をひかれる店名のカフェや雑貨屋があったが、欲望を抑えて「ぱんのちはれ」でパンを購入するのみに至った。これで明日の朝もパンが食べられる。
有名な鴨川のカップル等間隔の法則。確かになんとなく一定の距離で座っているような。
私は森見登美彦の小説を愛読しているため、駅を降りて鴨川が現れたときは思わず「あぁ!これがあの鴨川か」と一人でニヤニヤしてしまった。
ヨーグルトポンチ。生クリームが嫌いなのでクリーム抜きでお願いした。
河原町へ訪れたのは、どうしても行きたい喫茶店があったからだ。その名も喫茶ソワレ。青い電飾に照らされたレトロな建物の中、宝石のような色とりどりのゼリーポンチをいただける。関東にあったら間違いなく月一で通っている。
ちょうど日曜日の昼下がりだったため入店まで少し並んだが、並んだ甲斐があった。カップルの皆さん、京都の初デートはぜひここで。普段より少し小さな声で、哲学的な話をするのが良いでしょう。あぁいけない、妄想が捗ってしまう。この辺でよしましょう。
日が暮れるまで河原町周辺をぶらぶらして、満足気に帰路へ。今回泊まったゲストハウスは中心地から少し離れているため、アクセス面はどうなのかなと少し不安に思っていたが、京都はかなりバスが発達しているため杞憂であった。
蛸虎のたこやきと宿泊者の方からもらった柿の葉寿司。たこ焼きおいしかったなぁ。
木音に戻ると今日から滞在する宿泊者の方と仲良くなり、たこ焼きを買って皆で談話することに。今までの旅の話で盛り上がり、話を聞けば聞くほど行きたいところが増えていった。
11月12日
楽しいひと時を過ごしたゲストハウス「木音」ともお別れの時間がやってきた。昨晩盛り上がった方とノリと勢いでツーショットを取り、宿を後にした。
先日ハードに山登りしたせいで少し筋肉痛になっていたので、今日はゆっくりと京都を散策することにした。
平野神社。桜の名所である。十月桜が咲いておりほのかに甘い香りがする境内。
まずはゲストハウスの近くにある平野神社に行くことにした。大きな神社と比べるとこじんまりとした境内だが、境内より大きな敷地に沢山の桜の木が植えてあり、春に訪れれば夢のようなのだろうなと思わずにはいられなかった。紅葉の京都もいいが、桜咲き乱れる京都も憧れがある。
北野天満宮に奉納されている、源氏の重宝髭切。兄者!
つづいてお近くの北野天満宮へ。目当てはもちろん髭切である。刀剣乱舞と盛大なコラボを開催しており、朝から多くの人で賑わっていた。髭切をイメージした生け花まであり、彼は刀剣界のハリウッドセレブだ…!というどうでもいい感想が思い浮かんだ。
麗しき宗三左文字。前に並ぶ方も写真を撮っていた。
続いてバスで移動し織田信長を祀る建勲神社へ。左文字兄弟や日本号のイラストを描いた鈴木次郎先生のサインと色紙が飾られていた。御朱印を書いていただいた住職さんも「最近は若い女の人たちが大勢来るんだよ~」とおっしゃっていて、刀剣乱舞の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだなぁと改めて実感した。
社務所の前で知り合った方に刀剣乱舞の説明をしたら、お勧めしたいものがあると近くの炙り餅屋へ連れて行ってくれた。
親指くらいの大きさの炙り餅。白みそダレが食欲をそそる。
今宮神社の近くまで歩いて炙り餅を食す。案内してくれた方は持ち帰りだったのであいさつをして早々に分かれたが、親切で良い方だった。
今になって気づいたが、白みそを食べたのはこれが初めてかもしれない。関東ではめったに白みそ味のものを見かけないため、貴重な経験が出来た。甘めのみそってなんでこんなにおいしいのだろうか。私の中の死ぬ前にもう一度食べたいものリストに追加された。
せっかくなので今宮神社に参拝し御朱印を頂き、そのあとは大徳寺周辺をぶらぶら歩いた。きれいな庭をしばし散策し、すっかり満足したもののまだ帰りまでには時間があったため、映画を見ることにした。
アップリンクやシネマリンなど、町のミニシアターが好きなので、京都にもそのようなところはないかと探すと出町柳に「出町座」というシアターを発見した。
時間的にちょうどよかった東出昌大主演の『寝ても覚めても』を鑑賞した。テレビを滅多に見ない生活をしているため、東出昌大は正統派な役ばかりのイメージがあったが、この映画では彼の違った一面が見られて発見があった。役によって顔まで違って見えるから、役者という人たちはすごい。
朝ちゃんみたいに何もかも捨てて愛を選択することは、私にはできないなぁと思ったり。あんまりすっきりした後味の映画ではないが、展開が読めず興味深い話だった。
すっかり満足してあとは新幹線の時間に合わせ京都駅へ向かうだけ。しかしこの後ちょっとしたハプニングが起きた。交通渋滞で駅へ向かうバスが遅延したのだ。おかげでろくにお土産を買えなかったが、旅に不測の事態はつきものである。それもまた醍醐味だと思い楽しむことが出来た。
まとめ
かっちりした計画を立てずにいった京都だったが、結果的に大変満足のいく時間を過ごせた。天候に恵まれ、宿に恵まれ、人の縁にも恵まれ……満足しすぎてしばらく京都に心を置き去りにしてしまったぐらいである。今回の旅は一人だったが、次は是非とも桜の季節に友人と訪れたいと思った。
人生の休憩所―京都1
11月10日~12日、修学旅行ぶりに上洛することにした。
行きたい気持ちはずっとあったが、決定打に欠け長年足を運ばずにいた。そんな私を京都へ向かわせた一番の動機は、へし切長谷部が「京のかたな」展に出品されるというニュースを目にしたことである。福岡からなかなか出てこない彼が、京都に出向く。それだけで私の京都行きは決定事項となった。
京都駅。早朝から多くの人で賑わっていた。
(金銭的に)ギリギリでいつも生きている私は、やはり今回も夜行バスで京都を目指すことにした。しかし、万全の状態で長谷部を拝むべく、此度は少し奮発してVIPライナーを使うことにした。夜行バスには10回以上乗ってきたが、今回が一番よく眠ることが出来たと思う。
何時間もバスの中で過ごすと、外に出て自分の足で地面を踏んだ時どうしてもほっとしてしまう。京都の早朝の空気は冷たく澄んでいて、深呼吸をするだけで体の中の不純物が浄化されるような気がした。
「京のかたな」展の看板。緊張と興奮のせいか写真に自分の指が映り込んでしまった。
旅のメインは京都国立博物館で開催される「京のかたな」展である。京都駅に着くとまっすぐ博物館最寄り駅まで向かった。
土曜日だったこともあり、コミケ大手サークルのごとく長蛇の列が出来ていた。やっとのことで入場しても、やはり列、列、列……半日かけてなんとか全体を回ることが出来た。へし切長谷部の列には3回ほど並んだ。去年の冬に福岡市博物館で一度拝んで以来だったので、こうして再開できたことに心から嬉しさが込み上げた。
長谷部を無事拝んだことで旅の目的は8割方達成したため、以降はゆったりとした心持で旅を楽しむことが出来た。
今期の授業で藤田嗣治について学んでいたこともあり、京都国立近代美術館で開催されていた「没後50年藤田嗣治展」へ行くことにした。
ちょうどお昼時だったので、平安神宮の近くに店を構える「岡北」さんへ行くことにした。
京うどん 生蕎麦 岡北 (おかきた) - 東山/うどん [食べログ]
「岡北」の生湯葉鶏卵うどん。たっぷり入った生湯葉ののどごしがたまらん。
人気店なのでやはりここでも並んだ。20分程度で入店し、暑かったためさっぱりしたメニューと迷うも「生湯葉が食いたい!」という素直な欲望に従い、生湯葉鶏卵うどんを注文。京都らしい上品な味わいの出汁をまとった生湯葉が格別にうまい!つゆにとろみがあるうえ擦り下ろしたショウガがわんさか入っていたため、なかなか冷めず最後まで額に汗をかきながら食べた。あつあつ飯過激派の私としては嬉しい一杯であった。
藤田嗣治展の場内看板。代名詞ともいえる「乳白色」の裸婦が大きく印刷されている。
腹を満たしたところですこし寄り道をして平安神宮の境内へ。お参りを済ませた後、偶然開催されていた「平安楽市」で朝食用のパンを購入した。京都は日本で一番パンの消費量が多いとのことで、京都でパンを食べることもひそかに旅の楽しみとしていた。
藤田嗣治展は幅広い年齢層の見物客で賑わっていた。展示の音声ガイドが津田健次郎ということで思わず借りて、ゆっくりと藤田の画と向き合った。
藤田は美しく柔らかそうな裸婦の画を描くことで有名だが、旅先での風景や人物を描いた力強くビビットな色遣いの画や、暗く凄惨な戦争画などを描き分け、とても器用で人物・画ともに多面的だなという印象を受けた。彼の描く猫があまりにも愛くるしくて、思わずおみやげにクリアファイルを買った。
1日目に一番京都らしさを感じた風景。紅葉と夕日を反射する水面が美しい。
帰路に就く道すがら、川辺の木々の紅葉に目を引かれしばし散歩をすることにした。今年の秋は暖かく紅葉はまだ少なかったが、場所によってはパっとあかりが点ったような色を見せるものもあった。どうしても忙しく生活度せざるを得ない今の暮らしの中で、こんな風に時間を過ごすのは自分にとって最高のご褒美だなとしみじみ感じた。
栗大福とニッキ餅。甘すぎずやわらかくてモチモチ!虜になった。
駅に向かって歩いていると、なんだか人だかりが。見ると和菓子屋のようであった。「ニッキ餅」の字を見てシナモンに目がない私は購入を決意。栗大福とニッキ餅が入った袋を下げて思わずにんまり。上機嫌で宿を目指した。
「ヱントツコーヒー舎」少数ながらも本のセレクトが絶妙。コーヒーが飲めないことを悔やんだ……
ゲストハウスのチェックイン時間まで少し時間があったため、事前に印刷していた宿の周辺アクセスマップでカフェを見つけ一寸過ごすことにした。辿り着いたカフェのドアには「まぼろし探偵社」の文字が……本当にここで合っているのか不安になって、少し周囲をうろうろしていると、タイミングよく店主さんが現れ案内してくれた。
宮沢賢治の童話や長野まゆみ、小川洋子の短編なんかが好きな人は絶対に好きな空間。ノスタルジックでハイセンスな店内は自力でちょこちょこリノベしたそう。萩原朔太郎の『猫町』を眺めながらアイスティーをゆっくり飲むと、ここが京都ではなくそれに似た別世界であるかのような気分に浸れて、久々に現実世界を忘れられた。
【公式】京都 ゲストハウス木音 レトロな京町家に宿泊 和朝食が人気
ゲストハウスのドミトリー。この秘密基地感が好感度をブチ上げた。
最近の一人旅はもっぱらゲストハウスを利用している。今回2泊ほどお世話になったのは平野神社からほど近いところに位置する「木音」。暖簾をくぐるとゲストハウスの運営者、宿泊者共に各々の位置に座りリラックスした時間を過ごしていた。
荷物を置いて、趣味の銭湯巡りの一環として船岡温泉を目指した。
船岡温泉。脱衣所の天井の彫刻が素晴らしく一見の価値あり。温泉も熱めで良い。
ほどなく歩き目的の銭湯へ。旅先の銭湯って、なんでこんなに特別で気持ち良い気分になるのだろうか。歴史のあるレトロな銭湯で、今日では貴重な存在。今思い返しても、もう一度入りたいなと思う。
シュシュファボリ (chou chou favori) - 鞍馬口/カフェ [食べログ]
さっぱりしたところで夜ご飯。昼は和食だったので夜は何となく洋食を選択。久々にトンテキなんて食べたなぁ。サラダに京菜が入っていてちょっと嬉しい。丁寧に作られていて盛り付けも美しかった。言わずもがなうまい。
宿に戻ると宿泊者の方と小一時間ほど会話を楽しんだ。青年海外協力隊の活動でスリランカにいたという女性にシンハラ語を書いて見せていただいた。「おしりみたいでしょ?」と言われるとそれ以降文字がおしりにしか見えなくて、なんだか面白くなってしまった。
部屋に戻るとふっかふかの布団に埋もれて、気づけば眠りについていた。今までで一番寝心地の良いベッドだった。ゲストハウスについては大変の世話になり、また楽しい思い出も出来たので二日目以降の記事でも触れる。